所在地
東京都港区西麻布4-9-2
電 話
03-3407-0524
御祭神
天之御中主神
高皇産霊神・神皇産霊神
伊弉那岐神・伊弉那美神
天照大御神
天神八百萬・地祇八百萬
 
教 主
管長 板倉信之助(いたくら のぶすけ)
教 典

「神道要旨」「四大信條」「教の鑑」

 
創始者
 大教院のながれを基とし、一品有栖川宮幟仁親王殿下を神道総裁に戴いたことに始まる。
儀式・行事
大 祭 春季例大祭(4月21日)
    秋季例大祭(10月21日)
    五穀豊穰祈願祭(2月17日)
    感謝祭(11月23日 )
 
中 祭 春分霊祭(春分季)(3月21日)
    中元霊祭(7月21日)
    秋分霊祭(秋分季)(9月21日)

小 祭 月首祭(毎月一日)
    中旬祭(毎月15日)
    月次祭(毎月21日)

祭 儀 大祓祭6月晦日(21日)
    12月晦日(21日)

その他 冠婚・葬祭霊祭(随時)
 
後継者

初代管長     稲葉正邦卿
第二代管長    稲葉正善卿
第三代管長    本多康穣卿
第四代管長    長谷信成卿
第五代管長    神崎一作
第六代管長    林 五助
第七代管長    森田作次
第八代管長    品田聖平
第九代管長    大森徳春
第十代(現)管長 板倉信之助

教 史
 明治3年1月発布の神祇鎮祭ノ詔と大教宣布の詔の聖書を体し、明治5年教部省より宣教機関として神仏合同制度により大教院が設けられ、各府県枢要の地に中、小教院を置くことが通達された。明治5年4月には教導職が設置され、教導職の大教正に三條の教憲を授けられ、その趣旨を国民に布教することと、宣教強化の為に、中央講学機関として麹町紀尾井町に仮大教院が設けられた。  
 その後大教院は芝増上寺に移り、旧神祇官の八神殿が下賜され、これを神殿として天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大御神の四柱を奉斎した。大教院は神道の総本山としての皇道発揚の歴史的な役割を果たしたが、7年頃より西洋思想が入り神仏合同布教は仏教側の脱退にはじまり、明治8年5月宣教制度は崩壊し、大教院の瓦解に先立って、明治8年3月神道事務局が設置され、再び神道の名のもとに宗教的神道を標榜する神道人達によって、大教院は神道側独自の講学布教機関として名称も「神道大教院」と改称した。事務局は三條西季知、稲葉正邦、田中頼庸、鴻雪爪、平山省斎の諸氏によって有楽町に創立を出願し、明治8年3月28日許可された。明治9年1月全国の教導職を四部に分け管長を置き統轄、第三部の管長に稲葉正邦が分掌事務に当たった。この年、黒住、修成の二講社が別派独立し、それぞれ神道黒住派、神道修成派と称した。神道事務局は、神道教導職分離以後、大教院を移して、神道大教院の神殿に遷座祭が行われんとする明治13年、この事務局の神殿に大国主命を合祀するか否かで出雲派と伊勢派とに別れ祭神論争に発展、政府は神道大会議を開催し御祭神については、勅裁を仰ぐ事となり、明治14年2月勅裁によって宮中の三殿を遥拝すべき旨が仰付けられ、又、管長に代えて神道総裁に一品有栖川宮幟仁親王が御就任なされた。この時「天神地祇・賢所・皇霊殿」の二幅対軸の御神霊軸を御親筆され祭神論は収拾された。明治15年1月神官は葬儀に関係せざるものとされ、国家神道と、神徳布教、人心救済の教法、行法にその価値存在をかけた教派神道とに二大別され一般宗教と区別された。同3月宮様は総裁を免ぜられ、その折、総裁の宮は教導職に皇道の隆盛に尽くすよう論され「令旨」を御親筆され、その後、教導職の嘆願により、再び神道総裁に御就任なされた。同年5月神道神宮派、同大社派、同扶桑派、同實行派、同大成派、同神習派が、続いて御嶽派が別派特立を差許され樹立した。その間、麹町区飯田町に皇典講究所が開設され総裁の宮は兼務されることとなった。
 神道事務局では明治17年政府補命の教導職を廃し教師の任免黜陟を管長に委す事になり、旧淀の藩主で従四位子爵稲葉正邦卿が明治18年宮様の後をお継ぎになり初代管長に就任し、神道教規を草案、明治19年には神道事務局を改組し「神道本局」と改称、教派名を単に「神道」と称した。明治27年禊教会が、続いて33年には金光教会、41年に天理教会が独立を許可され、各教団を形成し世に云う教派神道十三派が出来上がったのである。
 昭和15年宗教団体法施行さるるに当り、当時大会議を開き教名変更の重大審議の結果、創立以来の大教宣布の由緒を以て「神道」より「神道大教」へと改名した。かつては、教派神道の中心的組織体であったが、事務局・本局時代にそれぞれの教団が特立、独立して行き(現)第十代板倉信之助となり、歴代管長に培われた教えと本教の道統を引き継ぎ現在に至っている。
教 義
 本教の教旨は、惟神道にある。之を履践するを以ってその要とする。神意は、修理固成の神業となって万般の事象に顕現し、神徳は、産霊の活となって社会相互の慶福を増進する。是を以って神明を尊信し、神明の大教を明徴し、之に随順すると共に禊・祓・鎮魂を厳修して祭祀、礼典を修斎し、祈祷・禁厭により凶事を去り、災禍を壤い、吉事を願い、幸福を祈り、顕幽一致、生死不二、神人合一の境地に到達するを以って教義の大要とする。また、教義の宣布については、天理人道・祖先拝祭・信心一条の理義に依り、報恩謝徳の思念を養い、処世安心の要を体得して世界平和、人類の福祉を図るを以って布教の要旨とする。
祭式と祈り
 神道大教では、春秋の大祭と毎月次祭に併せ御霊祭をはじめとする祭儀と、随時、冠婚葬祭を執行しているが、儀式の特徴は大祭式に類する儀式において古式に則り奉幣式を取り入れている。又、禊、祓、鎮魂を中心に儀式を厳修、式の中に大祓詞を参拝者全員で奉唱して、祖神のお言葉もち、そのままに生きて行くと言う神道の根本精神を中枢として、又、祈りにおいては、天徳・地恩・清浄・光明と何遍となく奉唱して、光明世界の実現を祈っている。
※天徳(宇宙観)大祖御神の御稜威を尊信し絶対大和皈一を誓いまつる。
※地恩(世界観)神祇の御威徳と恩頼を信知し率先報恩の誠を誓いまつる。
※清浄(人生観)生死不二罪穢を祓除し信仰を體現し世界神化を誓いまつる。
※光明(処世観)万物同根遍照の道理に徹し、素ツ教への道を忘れず、光明不捨の実現を誓い
 まつる。