所在地
福岡県北九州市小倉南区
徳力5-10-8
電 話
093-962-4537
公式HP
御祭神
天在諸神(古事記所載の天乃御中主神〜天照皇大神までの18柱)
 
管 長
巫部健彦(かんなぎべ たけひこ)
教 典

教示録を中心とする教祖御著書 多数

 
創始者
佐野(巫部)経彦 天保5(1834)年生 明治39(1904)年帰幽
儀式・行事

春秋大祭 祖霊祭 等

 
後継者

初代管長 佐野(巫部)経彦
二代管長 佐野(巫部)伊豆彦
三代管長 巫部珍彦
四代管長 巫部健彦

教 史
 本教の歴史は古く、巫部家の初代は高祖・饒速日命までさかのぼります。
 邇邇芸命(高千穂峰に降臨)の兄にあたる饒速日命は、物部氏などと祖先を同じにします。
 邇邇芸命(皇室)は政治を、饒速日命(物部氏)はそれを助けて神事を行う役割を戴いた、と伝えられています。  
 七代伊香色雄命(西暦300年代)は現在も本教の教師が持つ神宝を使い、十代宗祖・五十言宿祢命は五十言の言霊を説かれたことが伝わっております。  
 十二代先祖・伊美岐連命(西暦430年代)は本教の主祭神である天在諸神を祀り疫病を退治し、十六代兄奇宿祢命は雄略天皇の難病を平癒し巫部の姓と日月五星(今の教紋)を戴かれました。その後も、神事に活躍され、その教えを受け継ぎ発展させたご先祖が多くいます。
 これらのご先祖の何人かは、神道の教典的なものである『神典』にも記述されています。 
 巫部家は、代々神道の教えと神術を伝えてきた家なのです。  
 教祖は高祖から七十七代目にあたり、現四代管長巫部健彦で八十代になります。
 教祖は天保5(1834)年に生誕し、父経勝が志し時代柄成し得なかった古神道の復活を託され志すこととなります。  
 巫部家の家伝を受け継ぎ、幼少より勉学に励み、17才より国学者西田直養に国学を学び、19才よりは医学も学びました。  
 教祖の独自性を加えた皇国医道は教え(病災の根源を神と祖先と子孫の関係から正す)と伴に医学を施す≠ニいうことで大変な効果を上げ、門前市をなすほどに人が集まるようになりました。  
 しかし医学≠ノよる人助けには限界があることに思い至り、教え(古神道の著述・教義の大成・布教)による、より大きな救世安民の道へ進むことになります。  
 そうした中、明治9(1876)年43才の時に、天在諸神が現れ出でられて、『汝明星代神たるべし』との御神命を授けられました。  
 明治13(1880)年神理教会開設を認められ、明治27(1894)年一教としての独立を許されることとなりました。  
 平成6(1994)年には独立百周年並びに教祖生誕160周年、平成12(2000)年には開教120年、の記念大祭を執行しました。  
 平成7(1995)年3月より神理未来委員会を設け、将来に渡る計画と、次代の神理教を担う人づくりを目指しています。
教 義
普遍の教えを持つ神道。
 本教は明治の初めに成立した教派神道の一派ですが、学問的には古神道とか純神道とか復古神道という部類に位置づけられているようです。  
 教祖の独創性はありながらも、基本的には自然発生的な信仰である神道の思想を強く踏襲している、という理由のようでこの点は本教も自認しているところです。  
 しかしながら自然発生的な神道は原始的で教えがない≠ニいう、自らの本来の人間性を信頼しない、また神道への攻撃的な見方には強い反発を感じます。  
 自然発生(=神が創られた)の神道こそが人間本来の教え≠持っているのだ、と教祖は説いていますし、家伝と国学から教義を大成しております。  
 また神道の思想は決して民族宗教などにとどまらず、世界中の人が信仰できる普遍性を持っていると考えます。

人は神・自然の子孫
  言霊学で解釈すると、人は、ヒ・タリ・トドマリ=霊・足り・止まり(神の霊が体に充分に足り止まったもの)であり、自然=大元の神の分霊を戴いた存在である、と教祖は教えています。  
 従って、人の霊魂の本質は神に比べると大変小さいものの、神と同質ということになります。  私たちが神そのものであるならば、私たちが霊魂を曇らせず清浄に保つことが出来れば、何不足のない安心した生活を送ることが出来るはずなのです。  
 それがもし出来ていないのならば、神と祖先と私たちの関係を正さなければならない、ということになります。心安らかな状態を保つための祖先との関係は、いつも心掛けるのが当たり前のことで、それが信仰なのです。  
 その本来の信仰の在り方を大成し、それを深めるための日常の在り方を考え、分かち合うのが本教の教え、ということになります。

天神を祀る
 本教では、例えば古事記の最初の神である天之御中主神、そして天照皇大神とか大国主神などを、また火の神や金の神などを、一神また数神で主祭神として祀ることはしません。  
 天神十八神(天之御中主神から天照皇大神まで)の天在諸神を主祭神として、また月読見神以下十四柱の配祀諸神をその他の全ての神として、多神を大切にすると同時に、それらの神を宇宙・自然と一体・一神に見なす、ということに特質を見出だしているのです。  
 こうした考えを基本として、言霊についての理論が展開され、四魂論(霊魂観)や人体本言考(病気や障害のある体の部位から神祖の教えを伺う)を元とした、日常の信仰の在り方が説かれてゆくのです。
祭式と祈り
 一般の神社神道の儀式・行事と変わるところは少ないようだが、本教の特質と思われる物を列挙します。儀式としては、一つに宇良奈比真伝があり、霊感がなくとも心を清くしてこれを行えば、御神意を伺うことができるというものです。また神代より伝わる、神宝がありこれを使って悩み痛むところの平癒を神に祈ります。また言霊の活用法として代表的なものに、御神文『我が心清々し』や神言『みたまものおりすがかみはよせて』などがあります。神社や他の教派でも四拍手をするところがありますが、本教では、四魂の活性という意味を含めて行います。本教では破邪顕正の意味を込めながらも、剣を木に変え心を安らかにしたという、剣板(笏と違い上部が三角になっている)を使います。神社や他の教派で使われる笏という音を、錫杖に通じるとして嫌う意味もあったようです。  行事としては、本来の人間の宗旨である神道での神葬祭を行ない、その後も霊祭を行なうことです。  従って、春分・秋分の日には、祖霊祭が執り行われ、お盆には各家を巡拝しての穂見祭と本院・教会での穂見大祭が執り行なわれます。